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U96さんの日記

(Web全体に公開)

2012年
08月22日
16:25

日本海軍 海中型潜水艦

 海中型とは海軍中型潜水艦の略称です。海中型はビッカース社のライセンス生産のL型と同時期に呉、横須賀および佐世保の海軍工廠で建造された潜水艦で、呂11から呂32にいたる22隻です。
 呂11はいままでの外国設計艦とちがって、これまでの各艦の特徴と実績を考慮して、海軍が独自に設計した最初の艦でした。
 船型はシュナイダー社のローブーフ型複殻構造を採用しましたが、ローブーフの完全複殻ではなく、内殻底部が露出した部分複殻構造でした。
 排水量はL型より小さく約800トンでした。主機(おもき:エンジンのこと)出力は2600馬力で、L型より200馬力大きかったのですが、水上速力は過負荷で19ノットを公試で記録しました。これは世界記録で、複殻の有利さを立証しました。電動機はL型とおなじで、三菱の600馬力2台でした。呂13以降は三菱と東芝が交互に製作しています。スイスのズルザー式ディーゼル・エンジンは海軍工廠で製作しましたが、はじめは故障が多かったです。
 L型には潜望鏡を使用する司令塔がないのですが、海中型呂26から司令塔があり、潜望鏡をここで使用できました。このことは、同じ長さの潜望鏡を使用しても、艦の深度が大きくなり、波の影響をうけずに、よい観測ができるということです。
 1921年(大正10年)に完成した呂16にはじめて国産の潜望鏡が使用されました。これは造兵廠製造の7メートル潜望鏡でした。しかし、第2潜望鏡はケルビン7メートルを使用しました。このように海中型は最後まで輸入品が混用されました。
 輸入品はキャルボンティエ型(6.5メートル)、ガリレオⅠ型(7メートル)、Ⅱ型(9メートル)、Ⅲ型(7.5メートル)、ツァイスⅡ型(9メートル)、およびケルビン(7メートルと9メートル)でした。
 日本光学は潜望鏡のために三菱が設立した会社で、潜望鏡を製作できる唯一の会社でした。
 潜望鏡の設計は、海軍技術研究所で実施しましたが、日本光学も多くの潜望鏡を設計しています。昭和10年には10メートル潜望鏡が、昭和11年には11メートル潜望鏡が完成しました。
 潜望鏡の昇降は呂1(フィアット社ローレンチ型)で、ガリレオ型を電動機で吊索を巻き揚げる方式を採用していましたが、後には油圧伸長筒で吊索をつりあげました。
 潜望鏡の露頂(水面上高さ)を調節しながらつねに正しい姿勢で観測するには、観測者が立つ台(円形板)が潜望鏡とともに昇降する必要があります。
 この昇降台が採用されたのは、司令塔が採用された呂26(大正12年完成)からでした。この呂26は海中型のなかでも著しい改善がなされた艦で、これまでの艦がメイン・バラストタンクの排水は高圧空気だけでおこなっていたのに、本艦は低圧空気を併用しました。
 高圧空気だけでは、排水末期には高圧空気だけがタンク外に吹き出し、タンクの底の海水は排水されずに残ります。タンクの排水の末期に高圧空気を止め、低圧空気を送ることで、完全に近い状態まで排水できます。
 低圧空気は低圧タンク・ブロワー(送風機)によりましたが、これは使用するときは、艦は高圧空気排水で海面上に浮揚しているので、発令所ハッチを開き、ブロワー運転に必要な空気を採り入れます。
 低圧排水中は、艦は潜航と浮上の中間状態で、復原力が小さい危険な状態です。このシステムを採用して間もない大正12年8月21日に、呂31は公試運転中、刈屋沖で沈没しました。
 低圧システムに関連する乗員の取り扱い上の不注意も一因でした。この事件は関東大震災で世人の注意をひきませんでしたが、多くの教訓を残しました。

コメント

2012年
08月22日
19:44

1: REW

子供の頃「海 中型」を「海中 型」だと思って、潜水艦だから海中って当たり前じゃんと思ってました…

2012年
08月22日
19:57

2: U96

>REWさん
私の子供の頃は型など分かりませんでした。
すごい知識量ですね。

2012年
08月22日
21:51

初めまして~
日記へのコメントありがとうございます。
こちらの日記でもU96さんがいかほどに軍事関連が好きかヒシヒシと伝わってきますww

どうぞよろしくお願いいたします!

2012年
08月22日
21:57

日本光学工業(現ニコン)についてですが、正確には「光学ガラス熔解から、光学兵器を作る為に作られた国策会社(東京計器の光学計器部門と岩城硝子の反射鏡部門、そして藤井レンズ製造所を合併)みたいなもの」で、岩崎小弥太の出資を受けたこともあり、便宜的に三菱グループとなったもので、戦前は完全な三菱財閥の一員……とまではいきませんでした。
そして、最初の製品は双眼鏡と測距儀(1917年)です。
潜望鏡は測距儀の技術を応用して製作されたものでした。

……という訳で、ニコンおたくのタワゴトを終わります(^^;

2012年
08月22日
21:59

5: U96

>エビ天さん
いらっしゃいませ!
コメントありがとうございます!
こちらこそどうか宜しくお願いいたします。

2012年
08月22日
22:03

6: U96

>咲村珠樹さん
詳細な解説ありがとうございます。
…咲村さんはニコン製品を愛用されていらっしゃるのですか?ウクライナ製ニコンマウントのカメラやレンズをどう思っていらっしゃいますか?

2012年
08月22日
22:08

たしかに、パっと見だと海上型潜水艦もありそうですね……w

2012年
08月22日
22:12

8: U96

>ちはやさん
これより上位の型は海大型といいます。

http://otaku-mk2.net/diary/1383

2012年
08月26日
16:32

カメラ製品(一時は眼鏡も)と双眼鏡はニコンですね。
Wikipediaのニコン関連で、ディープなネタ(ニコンFの初期ロットとか、F2のファインダーシステムとか)を書いたのは咲村です(^^;

今はニコンFマウントのMFカメラで、既に「ニコン製」が存在していない(ニコンFM10はコシナ製)んで、選択肢があるのはありがたいと思っていますよ。
マウント自体はフリーになっているんで、ケンコーからもニコンFマウントのカメラが出ていますし。
ちょっと光学性能とか、興味持ってます……できれば試したい(^^)

2012年
08月26日
16:49

10: U96

>咲村珠樹さん
ウクライナ製ニコンマウントのレンズにはつけると外れなくなるものがあります。現在、製造番号何番台があぶないかがはっきりしていますので、ちゃんとしたカメラ店で入手されて下さい。