どちらの陣営にとっても、成功の鍵は既存の鉄道網の活用でした。マクダウェル少将の軍勢はボルティモア~オハイオ鉄道によってパターソン軍と通じていました。他方、南軍はジョンストンとボーレガードの軍勢はマナッサス・ギャップ鉄道によって相互支援が可能な態勢にありました。一方がその二軍を合流させて相手の一軍にあたれば、勝利に必要な優位を得ることができるのでした。
マクダウェルの当初の計画は、ボーレガードの右翼を脅かすことによってこれをマナッサス駅から引き離し、マナッサスと南部の首都リッチモンドの間に割ってはいるというものでした。リッチモンドとマナッサスのいずれかの防衛の選択を迫られれば、ボーレガードは前者を選び、その結果ジョンストンとの鉄道による連絡を放棄することになるだろう。そうすればマクダウェルは優勢な兵力をもってこれを攻撃することができる。
しかし、世相はそのような悠長な作戦の進行を待つ雰囲気ではなかったのです。マクダウェルはスコット名誉中将から、まっすぐマナッサスのボーレガードに向けて進軍せよと迫られました。シェナンドア渓谷のジョンストン軍はパターソンが釘付けにしておく責を担う。この計画が議論された閣議において、スコットは楽観的でした。「この私の責任において、ジョンストンにマクダウェルの側面を突かせることはさせん」と宣言したのでした。
マクダウェルの軍勢は7月16日火曜日の朝、フェアファックスを出発しました。その同じ日、パターソンはウィンチェスターに向けて慎重に南下を始めました。しかし、ジョンストンの軍勢が倍の勢力だと思い込んだパターソンは、まもなくハーパーズ・フェリーに戻って増援を要請しました。こうして、マクダウェルがボーレガードとの決戦に向けてゆっくりと進軍する間、パターソンはジョンストンをシェナンドア渓谷に釘付けにするという責任を完全に放棄してしまったのでした。
(つづく)