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U96さんの日記

(Web全体に公開)

タグ : クリミア戦争

2018年
08月03日
20:36

クリミア戦争史(その31)

 どちらの要塞を攻撃するにも、梯子を抱えて数百メートルの上り坂をはしらなければなりませんでした。斜面には身を守るための隠れ場所は存在しない。しかも、多数の掘割を渡り、逆茂木を乗り越えなければなりませんでした。その間、マラホフ要塞とレダン要塞からの激しい砲火にさらされるだけでなく、側面に位置する国旗掲揚要塞からも砲火を浴びることになります。要塞の足元までたどり着けたとしても、すぐに突入できるわけではありません。梯子を使って掘割を渡り、城壁を攀じ登らねばなりません。その間、胸壁の上からの至近距離の直射にさらされます。胸壁まで攀じ登ってロシア兵を圧倒したとしても、後続の援軍が到着するまでの間、要塞内の多数のバリケードから反撃されることになります。
 英仏両軍は協議を行ない、まずフランス軍がマラホフ要塞を奪取してロシア軍の大砲を沈黙させ、それに続いて英国軍の歩兵部隊がレダン要塞を襲撃するという手筈を取り決めました。フランス軍がマラホフ要塞を奪い、そこからフランス軍の砲兵部隊がレダン要塞を狙う事態になれば、ロシア軍はレダン要塞を放棄するかもしれないという考えもありましたが、ラグラン英国軍総司令官は、ワーテルローの記念日に英仏両軍が共同作戦を行なうという象徴的な目標を達成するためには、英国軍は何らかの攻撃作戦に出る必要があると考えていました。
 多数の死傷者が出ることが予測されました。フランス軍の場合、最前線に出て突撃する兵士には、褒賞金または昇進を約束して説得する必要がありました。
 しかし、連合軍の戦闘準備がすべて予定どおり順調に進んだわけではなかったのです。攻撃開始の前夜、フランス軍と英国軍の両方から脱走兵が出たのです。兵士だけでなく士官からも敵側に走る者がありました。脱走兵は攻撃計画の情報をロシア側に提供しました。たとえば、フランス軍の参謀本部から脱走したある伍長は、フランス軍の攻撃計画の詳細をロシア軍に伝えました。エルベ大尉は後に「ロシア軍はフランス軍の全部隊の位置と規模を正確に知っていた」と書いています。戦後、ロシア軍の高官から聞かされた話でした。英国軍に関する情報も第二八歩兵連隊(ノース・グロスター連隊)の一兵士をはじめとする複数の脱走兵の口を通じてロシア側に伝わっていたのです。もちろんロシア軍は気づいていました。レダン要塞司令官ゴーレフ将軍の当番兵だったプロコフィー・ポパーロフは、その夜、採石場陣地の英国軍の慌ただしい動きに気づいたことを回想しています。「喚きあう声、塹壕の中を往来する物音、砲車を移動させる車輪の音などから、敵が攻撃準備をしていることは明らかだった」。ゴーレフ将軍は、敵の攻撃が迫っている気配に気づいた段階で、すべての兵士に持ち場への復帰命令を出しました。
 フランス軍は午前3時に砲撃を開始する予定でした。そして、3時間にわたって砲撃を加えた後、マラホフ要塞への突入作戦に移ることになっていました。午前6時は夜明けの1時間前です。ところが6月17日の夕方になって、突然、ペリシェ総司令官が作戦計画の変更を決定しました。ペリシェによれば、辺りが薄明るくなってからフランス軍が行動を起こせば、ロシア軍は必ずその動きを察知し、予備の歩兵部隊を投入してマラホフ要塞の防備を強化する恐れがあると言うのです。そこでペリシェは午前3時の砲撃開始と同時に歩兵部隊による突撃を開始する作戦を新たに策定して、命令を出し直しました。午前3時にはフランス軍が占領しているマメロン稜堡近くのヴィクトリア稜堡から突撃開始を知らせる合図のロケット弾が打ち上げられる手筈でした。突然の計画変更はこれだけではありませんでした。突撃部隊の司令官ボスケ将軍を、ペリシェ総司令官が突如として解任してしまったのです。ボスケ将軍はロシア軍の配置状況を熟知していただけでなく、フランス軍兵士の間で人望が厚かったのです。兵士たちは司令官の交代に動揺しました。しかし、最も動揺したのは第九七連隊を率いて突撃することになった新司令官のデクリュ・メラン将軍でした。ある時、怒りっぽいペリシェ将軍はメラン将軍を面と向かって侮辱したことがありました。「君にできることといえば、それは戦死することだけだ」
 そのメラン将軍が致命的な過ちを犯すことになりました。通常の砲弾が光の尾を曳いて飛ぶのを見て信号弾と取り違え、予定時刻より15分も早く、第九七連隊に突撃命令を出してしまったのです。
(つづく)

コメント

2018年
08月03日
21:34

1: RSC

機密保持の失敗、作戦の土壇場での変更、古代兵法からすると落第点並みの状態ですね・・・。

2018年
08月03日
22:05

2: U96

>RSCさん
この時代の軍人には守秘義務が無かったのかと疑いたくなります。

2018年
08月03日
23:21

ここまでくると戦争を長引かせる陰謀論を持ち出したくなります。

逃亡した兵士達は しばらくは故国へ帰れないのでしょうね。

2018年
08月04日
05:57

4: U96

>ディジー@「本好きの下剋上」応援中さん
はい。ナイチンゲールも病気に感染して帰国してしまいました。

逃亡兵は一生帰れないと思います。