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U96さんの日記

(Web全体に公開)

2018年
05月24日
06:17

アメリカ南北戦争(その5)

 戦争が始まって約1年、西部戦域では両軍共に兵力不足から、中立州ケンタッキーに足場を確保しただけで睨み合いを続けていたのですが、全てを守ろうと拠点防御で兵力を分散していた南軍に対し、62年2月に北軍のグラント将軍が南軍を縦に分断するテネシー河を遡ってヘンリー・ドネルソン要塞を攻略。南軍に対して、圧倒的な河川輸送力を持つ北軍にとって、ここの砲台さえ無力化してしまえば、テネシー河上流のアラバマ州ディケータまで一気に200km近く南方へ大軍を送り込む事ができ、カンバーランド河畔の都市ナッシュビルとミシシピィ河畔のメンフィスを策源地としてきた南軍を、完全に分断する事が可能となりました。この事態に南軍は、ナッシュビルもメンフィスも捨てて、テネシー河上流のコリンスを新たな策源地として撤兵を始めました。
 グラントがここで敵を追撃できれば浮足立った南軍を各個撃破する事も夢ではなかったが、ドネルソン要塞を無条件降伏させて一躍時の人となり、テネシー軍司令官に就任したグラントに嫉妬した上官ハレックと同僚ビューエル(隣接するオハイオ軍司令官)の讒言によりグラントは軍司令官を解任され、リンカンの肝煎りで再任されるまで1ヶ月に渡ってテネシー軍は足踏みを余儀なくされました。その間に南軍はメキシコ湾岸の港湾都市から守備兵力を根こそぎ抽出してコリンスに集結、その数は4月までに5万人を超えていました。一方北軍もコリンス攻略の橋頭保として、コリンスまで直線距離で約37kmの地点にあるテネシー河屈曲部のピッツバーグ波止場にテネシー軍3万5000を揚陸し、ナッシュビルを無血占領して陸路南下してくるビューエルのオハイオ軍との合流を待って森に囲まれた農地で野営を続けていました。
 西部戦域の南軍を統べるA.S.ジョンストンは、この分進合撃が成る前にテネシー軍を奇襲して各個撃破するべく、4万の兵を率いて4月3日にコリンスを進発。しかし計画では翌4日にテネシー軍を攻撃して各個撃破するはずが、連日の雨でぬかるんだ悪路に足を取られて北軍の前哨線から約3knの攻撃発起点に達したのは5日夕刻になってからでした。この遅れと道中の喧騒に恐れをなした副将のボーレガードは、既に奇襲効果は失われたとして撤収を求めましたがA.S.ジョンストンはニューオリンズ等の守りを放棄してまで兵力を集めたのに敵を目前にして引き返せる訳がないと峻拒。実際テネシー軍は指呼の先に南軍の大軍勢が集結している事に全く気付いていませんでした。グラントはオハイオ軍との打ち合わせの為に野営地を留守にしており、丸太小屋然としたシャイロー教会に陣取る第5師団長シャーマンに至っては、かつて南軍の幻影に翻弄されて解任されかけた苦い経験から、南軍発見の報は全て誤認と決めつける始末でした。
 かくしてナポレオンばりの各個撃破を夢想する南軍と、敵を侮る余り惰眠をむさぼる北軍という好対照の中で決戦の日を迎えました。
 南軍の攻撃案はテネシー河沿いに突進して北軍のフェリーが出ていた波止場を奪取、オハイオ軍の後詰めを断った上でテネシー軍をオウル川に追い上げて包囲殲滅するという物で、兵力的にはほぼ互角ながら、奇襲効果とテネシー軍が背水の陣を敷く不利さを考えれば、理論上成功の目はありました(あくまで攻撃案通りに部隊が動いてくれればであるが)。南軍の究極の目的は、波止場の占領と北軍に壊滅的打撃を与える事であり、増援の到着前に波止場を奪取できれば、テネシー河の東岸に増援登場するオハイオ軍を無力化できます(河越しに砲撃してくる程度)。
 4月6日、朝食を取っていた北軍は南軍の攻撃をいきなり受けてしまいました。これがシャイローの戦い(またはピッツバーグ・ランディングの戦い)です。南軍の巧妙な指揮のもとでの突進に対して、グラントは揺るがぬ冷静さで指揮し、敗走を防ぎました。しかし12時間にも及ぶ戦いのあと、日が暮れる頃には北軍はどう見ても敗北の淵にありました。普通の将軍なら、退却して残余の兵力を全滅から救おうとしたはずでした。
 ボーリガードは翌日に北軍を川に追い落とすつもりで戦闘を中止させました。北軍にはビューエルの軍が増援として到着しつつある事を、交錯した情報の中で顧みなかったらしいのでした。
 ビューエルの軍の一部などの増援を得て翌日の朝、グラントは猛然と反撃に転じました。ボーリガードは10時間の死闘の後、午後2時半過ぎに南軍を撤退させました。
 シャイローの戦いは北軍の勝利となりましたが、その損害は大きかったのです。北軍が13000以上、南軍が11000の損失でした。グラントが備えを怠った事が新聞紙上で誇張されて、グラントはむしろ無能呼ばわりされました。リンカンにはグラントを免官する様に政治的圧力がかけられたのですが、リンカンは「私はこの男を手放せない。あれは戦う男だ。」と答えました。

(つづく)

コメント

2018年
05月24日
19:50

>グラントが備えを怠った事が新聞紙上で誇張されて、グラントはむしろ無能呼ばわりされました。
大衆扇動ですねw

2018年
05月24日
20:01

2: U96

>櫻 弾基地さん
はい。今も昔も変わっていませんね。