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U96さんの日記

(Web全体に公開)

2019年
10月25日
05:21

【太平洋戦争】レーダー射撃

 最初に取り上げるのは1942年10月11日に行われたサボ島沖海戦(米軍呼称エスペランス岬沖海戦)です。
 サボ島沖海戦といえば、日本側では「レーダーに負けた戦い」として紹介される事が多いです。この戦いが「米側レーダーの性能の前に日本海軍自慢の夜戦能力が屈した」という点で見た場合、上記の評価は正しいです。しかし米側が「レーダー射撃が日本艦隊を破った」とするならば、その評価は正しくありません。何故なら米海軍はこの戦いで本来の意味における「レーダー射撃」を行っていないからです。

 1942年10月11日。ガダルカナル島砲撃の任務を帯びた日本海軍第6戦隊(重巡3、駆逐艦2)は、五藤存知少将指揮のもと、ガダルカナル島に接近しつつありました。一方、航空偵察により日本艦隊の接近を察知した連合軍は、ノーマン・スコット少将率いる第64任務部隊を迎撃に出撃させました。重巡2、軽巡2、駆逐艦5の計9隻からなるスコット隊にあって、2隻の軽巡「ヘレナ」「ボイシ」は最新のSGレーダーを装備していました。

 SGレーダーは1942年半ば頃から戦場へ投入された水上捜索用のレーダーです。SGレーダーの特徴は、従来のレーダーよりも波長の短い電波(センチメートル級)を使用している事。このためSGレーダーはこれまでのメートル波レーダーに比して精度の高い計測が可能になっていました。またもう1つの特徴はPPIスコープを備えていることです。これは現在我々が目にするレーダー表示器と同様のもので、中心に自分がいて、その周囲360度にレーダー映像が表示されるというものです。この方式は従来の方式(AスコープあるいはBスコープ)に比べて視認性に優れ、状況を把握するのに好都合でした。
 とはいえ、SGレーダーはあくまでも「水上捜索用」のレーダーです。その精度は射撃官制に「使えない訳ではない」程度のものであり、決して十分とは言えませんでした。

 SGレーダーを装備した軽巡「ヘレナ」が距離27700ヤード(約25km)に日本艦隊を捉えたのが現地時間2325。つづいて2340に日本艦隊が距離1万メートルに敵艦3隻を目視確認しました。しかし五藤少将はこれを味方ではないかと疑い、味方識別を命じました。その直後、日本艦隊は米艦隊の猛烈な砲撃を受けることになりました。
 先頭を航行していた旗艦「青葉」(重巡)は集中射撃を受け、計40発が命中。大破して戦場を離脱しました。2番艦「古鷹」(重巡)は旗艦を守るべく「青葉」の前方に出ましたが、そのために米艦隊の集中砲火を浴びることとなってしまいました。約90発が命中して「古鷹」は航行不能となりました。
 一方の米艦隊は当初は有利に戦いを進めていたのですが、「古鷹」が放った20cm砲弾4発が軽巡「ボイシ」に命中。そのうち1弾が弾薬庫で爆発しました。「ボイシ」大破。重巡「ソルトレイクシティ」には重巡「衣笠」の放った主砲弾数発が命中しました。

 この戦いで日本艦隊は重巡1、駆逐艦1を失い、重巡1が大破、重巡1、駆逐艦1が少破しました。米艦隊の損害は、駆逐艦1が沈没、軽巡1、駆逐艦1が大破し、重巡1が少破しました。両者の損害を比較した場合、米艦隊の勝利は明らかです。この戦いは、米艦隊が初めて夜戦で日本艦隊を破った機会となりました。

 さて、肝心の射撃能力ですが、この海戦で見せた米海軍の命中率は7.5%です。決して低い値ではありません。しかしこの海戦における米艦隊の砲撃について、その殆どが5000m以下の至近距離で行われていることは注意しておく必要があります。一方、日本艦隊の命中率は5%以下でしたが、その大半が6000m以上で行われていることを考慮すれば必ずしも米艦隊に劣っているとは言えません。
 またレーダーについては、この海戦で米艦隊はレーダー射撃を行っていませんでした。射撃は常に照明弾又は探照灯による照明下で行われました。サボ島海戦での米艦隊の勝利はSGレーダーに拠る所が大きいことは確かだが、それは射撃ではなく、戦術指揮全般に寄与する所が多かったと見るべきでしょう.

 サボ島沖海戦で活躍したSGレーダーは、あくまでも水上捜索用レーダーです。しかし米海軍は、射撃管制用(Fire Control)レーダーも配備しつつありました。Mk-3と呼ばれた射撃管制用レーダーが登場したのは1941年です。しかし1942年の段階でもMk-3の装備はそれほど普及しておらず、新鋭戦艦と一部の旧式戦艦、そして「ブルックリン」級新型軽巡の一部が装備していたに過ぎませんでした。

 1942年11月14日夜半に戦われた第3次ソロモン海戦において米戦艦「ワシントン」は、Mk-3レーダーを有効活用して日本艦隊を撃破しました。ここでは第3次ソロモン海戦における「ワシントン」の射撃について追い、レーダー射撃の有効性について考察したいと思います。

 この第3次ソロモン海戦は非常に複雑な戦いでした。数度に渡る日米水上部隊同士の激突、日本巡洋艦によるヘンダーソン飛行場への制圧射撃、米軍機による日本輸送船団への攻撃等、様々な戦闘が短い期間に連続して行われました。戦艦「ワシントン」が活躍したのは、「第3次ソロモン海戦第2次夜戦」(米側呼称「第3次サボ島沖海戦」)と呼ばれる戦いです。
 第3次ソロモン海戦第2次夜戦は2つの段階に分けて戦われました。第1次段階は日本側軽艦艇群(軽巡2、駆逐艦6)と米艦隊(戦艦2、駆逐艦4)の戦いです。この段階で日本艦隊は砲雷撃戦の腕前を見せ、米駆逐艦4隻を全て撃沈破しました。日本側の損害は駆逐艦「綾波」を失ったのみ。
 第2段階は日本側主力部隊(戦艦1、重巡2、駆逐艦2)と米戦艦2隻との戦いです。この段階では日本艦隊の先制攻撃が功を奏して米戦艦「サウスダコタ」を撃破したものの、「ワシントン」の反撃によって戦艦「霧島」を失いました。
 こうして戦いは米艦隊の勝利に終わった訳ですが、この戦いは米戦艦が初めて射撃用レーダーを実戦で使用し、その有効性を示した実戦として注目に値します。ここでは主に戦艦「ワシントン」の戦闘詳報に基づいて米戦艦の射撃状況を見ていきたいと思います。
 
 まず「ワシントン」が「霧島」に致命傷を与えた主砲射撃ですが、この時「ワシントン」はほぼ完全なレーダー射撃を実施しています。この時の射撃時間が7分、命中率が12%です。これは実戦下における戦艦の主砲射撃としては極めて良好な数値といえます。さらに命中速度1.29[発/分]は日本艦隊の0.07~0.41[発/分]を遥かに凌駕していました。このことから本海戦における「ワシントン」のレーダー射撃は極めて有効なものであったと評価できます。

 「この戦いは夜間戦闘におけるレーダーの計り知れない価値を示した」

 上はこの海戦が終わった後米第6戦艦戦隊の戦闘詳報に記載された一文です。

 無論、この時点でレーダー射撃が完璧なものであったという訳ではありませんでした。例えば、「ワシントン」に随伴していた「サウスダコタ」もこのときMk-3レーダーを搭載していました。しかしこちらは電気回路の故障や被弾による損傷等でレーダーを殆ど有効活用することができず、逆に日本艦隊の一方的な砲火を受けて大きな損傷を被りました・「サウスダコタ」の事例を見る限り米側のレーダー能力もまだまだ不安定な部分が多い状態であったといえます。

 敵味方識別や戦果判定の不正確さも大きな問題でした。例えば「ワシントン」は戦闘中にしばしば射撃中止を命じていますが、これは敵味方識別の不完全さに起因する所が大きいです。また「ワシントン」がこの戦いで報じた戦果は以下のように過大なものでした。
 撃沈:戦艦又は大型巡洋艦1、大型巡洋艦2、駆逐艦1
 撃破:14インチ砲戦艦1、駆逐艦1、小型艦艇5~9

 米艦隊による実際の戦果は、戦艦1、駆逐艦1撃沈に過ぎなかったので、上記の戦果報告は事実と比べて明らかに過大です。この戦いに関する米側の記録はレーダー能力を高く評価する傾向がありますが、過大な戦果報告を加味した場合、実際のレーダー能力が彼らの評価通りであるとは考えない方が良いのかもしれません。