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U96さんの日記

(Web全体に公開)

2018年
05月21日
05:47

アメリカ南北戦争(その2)

 サムター要塞陥落の翌日、4月15日にリンカンは75000の義勇軍の召集を命じました。これを見て、奴隷州でありながら南部連合に加わっていなかったヴァージニア州は4月17日に連邦を離脱して南部連合に加わりました(続けて3州が南部連合に加わって、最終的に南部連合は11州)。地図を見てみると、首都ワシントンはヴァージニア州に接しています。のみならず、ヴァージニア州と共にワシントンを挟むようにしてメリーランド州も、実は奴隷州でした。
 4月17日のうちにヴァージニア州民兵は行動を起こし、ワシントン北西の重要拠点占領に向かいました。この時、ワシントンを守る軍隊は皆無でした。メリーランド州が南部連合に加わる事態になれば、ワシントンは完全に孤立んしてしまいます。リンカンはメリーランド州が南部連合に加わらない様に、あらゆる政治工作をしました。25日になってようやく北部諸州の部隊が鉄道でワシントンに到着しはじめ、27日にはようやく10000に達しました。メリーランド州の連邦脱退派も北部諸州の南部弾圧の決意が固くなるのを見てしだいに衰えました。
 こうして首都ワシントンの危機はどうにか回避されました。南北戦争では「首都陥落=敗戦」というわけではなく、むしろ交通の要衝をおさえる事による戦力の分断や物資の獲得・破壊、戦争の帰趨によって左右されるであろう各州の動向という事の方が大事でした(実際、南軍は直接ワシントンに向かうよりむしろ、まずその北方のペンシルベニア州に侵攻した)が、北部の首都ワシントンと南部連合の首都となったリッチモンドはわずか170kmしか離れておらず、その間および周辺で戦いが繰り返されたのでした。
 この東部戦線ではシーソーゲームが続くのですが、これに対して、もう一つの主要戦線となった西部戦線(ミシシッピ川流域とその周辺)では北軍が優勢に勝ち進み、ついには南部連合の後背地まで侵攻する事となりました。
 また、この戦いでは戦史上はじめて、鉄道や電信が大きな意味を持つことになりました。鉄道輸送は戦争の帰趨を決定します。戦いは重要な鉄道の結節点をめぐって行われることが多かったのです。北部は南部に比べて鉄道網が発達しており、部隊の戦線間の移動も容易でした。
(つづく)

コメント

2018年
05月21日
20:38

>北部は南部に比べて鉄道網が発達しており、部隊の戦線間の移動も容易でした。

移動の時の疲労は戦闘に響きますから、鉄道は重要なのですね。

2018年
05月21日
21:20

2: U96

>櫻 弾基地さん
南部はそのうち、軍靴まで不足して、偵察に出た騎兵が靴の大安売りをしている街を見つけて、大軍が殺到したら、北軍もやってきて、武力衝突になりました。これが世にいうゲティーズバーグの戦いです。