坂井氏は、なぜ左にだけ曲がるのでしょうか?大きな理由は二つです。
ひとつは、操縦桿を左に倒すほうが、右利きの人は大きな力が出せるから。
右手は操縦桿を握っている。左手はスロットル(推力節制装置、自動車のアクセルに相当)を握っています。これは左前方にあります。腕相撲するときのさまを想像されるとよいでしょう。右手は左に倒すときのほうが大きな力が出せます。当時の飛行機には、いわゆるパワー・ステアリングはついていません。
もうひとつはプロペラの回転方向です。零戦のプロペラは後方から見て時計回りに回転しています。このとき機首を急激に左に振ると、機首上げモーメントが発生します(プロペラのジャイロ効果と呼ばれます)。これが旋回を助ける向きに働きます。
ちなみに坂井氏は二つの理由のうち、腕力のほうが圧倒的に重要だと述べております。
では、飛行機の旋回能力は何によって決まるのでしょうか。
激しい旋回や宙返りを行なうためには、できるだけ大きい揚力が必要です。この力が飛行経路と直角に働き、経路を曲げます。
だから揚力をできる限り大きくすればよいのです。逆に言うと、揚力をこれ以上大きくできない極限で、旋回性能が決まります。その制限は二つあって、一つは失速、もう一つは構造強度です。
飛行機の胴体軸と飛行速度のなす角を迎角といいます。迎角が大きくなると揚力が増えます。しかしあまり迎角が大きいと、気流が翼面から剥がれ、抵抗が急増します。飛行機は制御不能となって落下します。これが失速です。
一方大揚力で旋回するとき、乗員は座席に押しつけられます。これは遠心力の影響です。大雑把な話、旋回中の飛行機では、重力に働く巨大な遠心力が主翼に働く大揚力と釣り合っています。この結果、翼は上向きにたわんでいます。
揚力があまり大きくなると、この荷重で飛行機は破壊されます。通常最大揚力は、重量の七倍程度が限界です。
厳密には、旋回にはもう一つ限界があります。それは操縦者が耐えることのできる、生理的限界です。
なぜなら遠心力があまり大きくなると、人間の血液は脳に行かなくなります。このため視野は両側から狭まり、ついには人間は失神します。
揚力と遠心力とは、大きさは等しく、方向は反対です。これを機体重量で割ったものを荷重倍数といいます。たとえば揚力が重量の七倍のとき、荷重倍数は七です。このとき、飛行機にも人間にも、地上重力の七倍の荷重が働いています。
このような旋回(や宙返り)時の荷重を一般にGといいます。たとえば荷重倍数が七のとき、Gは七Gです。
さて人間が耐えることのできるGは七G程度です。このため多くの戦闘機も、強度的には七G程度の荷重にまで耐えるように作られています。
なお航空機は軽いほど良いです。構造強度を七Gで設計するということは、七Gまで耐えればよいということです。したがって、荷重が強度限界を越えた瞬間、飛行機は空中分解します。零戦は軽量化の極限で作られた、良い飛行機です。
コメント
11月12日
22:07
1: うちだたかひろ
ちなみにバイクのレースでも右利きの人は左に曲がるほうが得意。なので左だしマフラーというのがある。これは右側にコケる事が多いため、左出しにしておくとコケた時に
マフラーが地面とこすれて離脱する心配がないから。
尚、利き腕効き脚というのは厳密には効き筋肉であって、右腕のほうが引く筋肉が強い人は左腕の押す力が強い。右足の押す力が強い人は左足の引く力が強いといった具合です。動作によっては緻密なコントロールが要求されるため、引く筋肉が強いほうが利き腕と認識されやすいだけです。
11月12日
22:21
2: U96
>うちだたかひろさん
おお!なるほど!よく分かりました・・・
詳細な解説サンクスであります!
11月13日
01:46
3: 咲村珠樹
ジャイロ効果は結構過大に評価されているものらしく、実際に単発プロペラ機を極限で操縦する人(具体的にはアエロバティックスのパイロットや自衛隊の操縦教官)に聞くと、むしろプロペラ後流による空力的影響の方が強いようです。
そして最大荷重については厳密に「◯◯kg」と決められており、実際の機体重量(燃料と武器弾薬・操縦者の合計)で割った数値が「制限G」ということになります。
なので、増槽など燃料の多い場合や武装の量が多い状態(大概は燃料の量)では、一般的に言われるよりも制限が厳しく(7G→4Gなど)なります。
現代のジェット戦闘機では、燃料が半分くらいの状態で9Gくらいまでは機体構造が十分耐えられるようになっており、パイロット達は総称して「9Gファイター」と呼んでいます。
特にフライ・バイ・ワイヤなどコンピュータ制御のアビオニクスを持つ最新戦闘機は、ちょっとの操作の加減で簡単にオーバーGになってしまうので注意が必要(昨年7月、沖縄の第204飛行隊で起きたF-15J墜落事故は、オーバーGによるパイロットの意識焼失……G-LOCが原因)です。
零戦の場合、軽量化した応力外皮(モノコック)構造が徹底しており、過大なGがかかると外板がたわみ(シワがよる)、リベットが飛ぶことで荷重を逃がしていました。
もちろん、こうなった機体は帰還後、構造桁のチェックと共に外板の張り替えが行われました。
11月13日
07:10
4: U96
>咲村珠樹さん
おお!詳細な解説いつもありがとうございます!
現在、9Gの時代なのですね。
11月13日
21:11
5: ちはや
プロペラのトルクが理由だと思っていましたが……、利き腕の腕力が理由とはw
11月13日
21:34
6: U96
>ちはやさん
操縦桿にパワーアシストの無い時代の航空機ですからね・・・
11月14日
02:14
7: 退会済ユーザー
連合国側でこの芸当ができるのは‥やはり英国戦闘機でしょうか?
11月14日
06:43
8: U96
>フロッガーさん
スピットファイアかと思います。以前、マイクロソフトのコンバットフライトシミュレーターをやはりマイクロソフト製のスティックでプレイしていた頃、スピットファイアばかり使っておりました。