(前回の続き)
旋回するには機体を傾けなければなりません。あるいは上方に旋回する(引き起こしといいます)ためには揚力を増さなければなりません。経路と直角な方向に力を作らないと、経路は曲がりません。経路を曲げるのが旋回です(英語ではマニューバー、航空自衛隊では機動といいます)。
もうひとつ、「玉」についてですが、玉とは旋回計のボールのことです。
旋回計には旋回角速度を表示する針と目盛りがあります。その下に傾斜計と呼ばれる横滑りを表示する部分があります。ここはケロシンの入った曲がったガラス管で、中に黒いメノウまたは鋼球が入っています。これがボールです。
液体はボールに対し適度の粘性を与えます。飛行機が水平のとき、ボールは中央のもっとも低い位置にあります。
したがって直線飛行であればボールは中央にあります。また旋回の場合、重力と遠心力の合力が機体対照面内で下方に(座席の下のほうに)働けば、ボールは中央にあります。要するにボールは「見かけの重力の方向」を示します。これが中央にあるのが正しい旋回で、釣合い旋回と呼ばれます。
しかし機体の横の傾き(バンク)が大きすぎると、飛行機は内側にずり落ちます。これが内滑り旋回(スリッピング・ターン)で、玉は内側に落ちます。また外滑り旋回(スキッディング・ターン)で、玉は外側に浮きます。
操縦訓練のとき、ボールは「サッカーをやっていると思え」などと教えます。「足先で球を踏み戻せ」。たとえば、玉が右側にあるときには右足を踏めという意味です。(もちろんバンク角で修正してもよいです。これは方向舵で修正する場合の指針です)。
坂井三郎氏は意図的にボールを左右に蹴飛ばし、外滑り、内滑りを交互に繰り返しています。
ー右を踏んだあと、バンクを急にして左に滑るんですね。
坂井 滑ります。
ーそれでもう一遍、さらに足を踏み込むんですか。
坂井 踏み込みます、今度は左足をグイッと。
ーそのときに、もう一遍右に滑りますか。
坂井 はい、右に滑るけれども、バンク過大による左スリップが始まっていますから、不思議に左を押すと、グーッと左に行く。
ー私は先生、こう理解していますが。最初、右に滑りますね。次にバンクをとって、玉が左に飛んで、そのときは多分、左側に少し落ちてきて・・・。
坂井 瞬間、落ちます。
ーさらにもう一遍左を踏み込んで、その時には玉は外へ出ていく。
坂井 はい。そのときに、それを止めるために、左前方へ操縦桿を突っ込む。そうすると、こういうような(機首下げ左バンク)左へ向かう形で出ていく。
ーそのときに、私の理解では、玉は右、左、右と動くんじゃないかと思うんですが。
坂井 もちろん、そうやっています。
ーということは、まっとうなパスに対して、外に膨らんだり、内に入ったり、外に出たり。
坂井 しています。大体、最後のほうは左に滑るんですが。
ー左に滑るというのは、内側に落ちていくわけですね。
坂井 そうです。
ーでも、そのとき操縦桿を押して、さらに左を踏み込むと・・・。
坂井 グイッと。
ーグイッとという最後のほうは、また右に滑っているんじゃないかと思うんですが。
坂井 右に滑るんですが、そこで降下していますから、不思議にこっちへ(左へ)滑っている感じなんです、感じとしては。力学的には、もちろん(左)足が多いですから、右に滑るんですが、操縦桿を左前方に突っ込んだこととバンクをとることによって、グイッと(左に)入って(進んで)いく。そうすると、後ろからつけているやつは、それを感づかない。
ーそのとき、操縦桿は引き起こしているんですか。
坂井 もちろん引いています。
ー引いて、回りながらやっているんですか。
坂井 回りながらやっているんです。引きながら、瞬間突っ込む。そこに、捻り込みの隠し味と同じように、ただ引いただけじゃ駄目です。グーッと突っ込んで・・・。
ーこれは坂井先生独特ですか。それとも、弾を回避するときは、みんなそうするんですか。
坂井 それは、その人その人のやり方があります。
ーこれは、かなり坂井先生流の?
坂井 ええ、これは私流だと思います。
私が追おうとしたのは「左捻り込み」という秘術です。これこそ日本海軍の必殺技で、坂井氏の得意技でした。
「私は左足をぐっと踏んだ。飛行機は左に滑る。ついで操縦桿を左に倒す。機は左に横滑りしながら、左に急旋回する」
坂井氏が書いたことは次のような飛び方に要約できます。
「左足を踏む。機体をまず右滑りさせる。次に左に急バンクさせ、バンクを利かせて左滑りさせる。さらに左足を踏み込み、一瞬操縦桿を左前に突く。機体は左滑りに近い飛び方で、急激に左に曲がる。この間の操縦桿は全力引きで、左にとられ、機体は降下左急旋回を続けている」
相手の射弾は「必ず右下に逸れます(続く)。