時計をセットしましょう。計器板にはパイロットに支給された時計をはめ込むへこみがあります。
高度計も調整します。気圧の変化によって高度を知る計器ですが気圧は刻々と変化します。最新の気圧に調整しましょう。そうでないと編隊飛行の時、あなただけ違う高度を飛んでしまいます。
右側の手動ポンプでシリンダーに燃料注入。この作業を「注射」と呼びます(「紅の豚」で飛行中に停止したエンジンを再起動しようとして主人公がポンプを前後させているシーンがあります。これが「注射」です)。
燃料がエンジン全体に回るように整備員がプロペラを手でゆっくり回してくれます。
次にエンジンをかけます。しかし、現代の自動車と違って「キーを回せばOK」というわけではありません。
まず電源スイッチを入れます。時には整備員に「電源を入れる」と合図を送ります。
零戦の操縦席の左側のレバーを操作します。プロペラピッチ低、混合比(MC)レバー最濃。始動作業中にスイッチ類を微調整する必要があるので、左手はその操作に専念します。
右手でカウルフラップ全開の操作。あわせて電気関係のスイッチを操作します。
零戦のエンジンは大きさこそ排気量40000ccの大排気量ですが、作動原理は現代の自動車と変わりません。しかし自動車が電気モーターで始動させるのに対して、零戦では「イナーシャ」を使います。
整備員がついている時は機体に昇ってイナーシャを回してくれます。エンジンの右上についているハンドルで、弾み車を回しているのです。もし、整備員がいなければ、自分でハンドルを回しますイナーシャの勢いが充分ついたら、回転が落ちる前操縦席に戻ります。
周りに人がいないのを確認して、かつ、周囲に「これからエンジンをかけるぞ」という意味で「コンタクト!」と叫んで、頭の上で右手を振り回します。
スターター結合レバーを引くと、エンジンとイナーシャが接続し、プロペラが回り始めます。時にはスロットルを操作します。自動車のエンジンをかける時にアクセルを軽く踏むのと同じです。
忘れてはいけないのは「右足(左足でも可)で操縦桿を手前に巻き込んで飛行機を上昇する体勢にしておく」ことです。なぜなら、零戦は最大出力1000馬力のエンジンを持っており、アイドリングで300馬力も400馬力もある機体だからです。アイドリングでも、下手をするとつんのめってしまうほどハイパワーです。だから、上昇する体勢をとらなくてはいけないのですが、あいにく両手ともふさがっています。そこで足を使うわけです。
プロペラが吹き出した風が昇降舵に当たり、飛行機の尾部を地面に押しつけます。
このあたりで安全ベルトをチェックしましょう。整備員にイナーシャを回してもらう場合は別ですが、自分でやった場合はプロペラが回り始めるまでベルトを締めることができません。
まずはパラシュートと飛行服が接続されているか確認。次にシートベルトを締めます。そのベルトでパイロットの身体は零戦が背面飛行に入ってもがっちりとイスに固定されています。
エンジンがかかったら、油圧計、電圧計(発電機の具合)、排気温度、発電機から供給される電力がきちんと充電されているか、空気圧が充分に来ているかどうか、エンジンが作動していないとチェックできない計器を点検します。計器の中にはエンジンから送られてくる空気圧で作動するものもあります。
エンジンの状態が良しとなったらいよいよ滑走路に向けて、機体を移動させます。しかし飛行機の車輪は動力がありません。そのため、地上での運転はエンジンをかけプロペラが回っている状態で、フットバーで方向舵を動かして機体を移動します。つまり、飛んでいる時のように方向を変えるのです。やりにくいですが、慣れるしかありません。
移動を始める前に、視界を確保するためにイスを一番高い位置に上げます。操縦席の前には大きなエンジンがあるからです。
あらゆる戦闘機と比べて零戦の前方視界は良好ですが、機首が持ち上がっているので、やはりイスの位置が低いと前は見えにくいです。イスの高い位置ではプロペラ後流がもろに吹きつけてきます。飛行眼鏡は必ずかけましょう。
次に、滑走路の端まで移動します。
そこでもう一回点検します。
飛行機が動き出さないように、ブレーキを踏みます。フットペダルの上についている小さなペダルです。一杯に踏みつけ、スロットルも一杯に開いて、エンジンそのものも出力をあげてきちんとパワーが出るかどうか点検します。
この間エンジンの回転数は、点検以外の時は、およそ一分間2000回転を維持します。地上でこれ以上、高い回転数を続けるとオーバーヒートしてしまいます。
オイル温度、エンジン排気温度、すべて良しとなったらいよいよ離陸です。
待機所から手旗信号、管制塔があれば発光信号などで「離陸良し」が送られてくるのを待ちます。
合図があったら、自分の目で滑走路に離陸途中の飛行機がいないか、着陸して来ようとする飛行機がいないか確かめてから、滑走路に入ります。
左手でスロットルを全開。機体が走り始めます。操縦桿は前に倒して尾部が持ち上がるのを待ちます。風の影響で左右に振られますが、フットバーで調整します。たいてい左に振られるので、機首を右に向けるようにします。
速度が上がるにつれて、尾部が上がってきます。
機が水平になったら、操縦桿の前倒しをやめて、水平状態を維持します。
機体速度が規定離陸速度になったら・・・零戦の形式によって違いますが、およそ90ノット(150キロ)に達したら操縦桿を引きます。
操縦桿を引くと同時に、タイヤからガタゴトと伝わってきた振動が途絶えます。
離陸成功です。あなたは零戦で空を飛びました。
イスを下ろして、風防を閉めます。
念のため安全ベルトも調整します。ベルトがゆるゆるの状態で背面飛行に入ったら、身体がずり上がって操縦桿はもちろん、フットバーにも手も足も届かなくなります。
コメント
09月30日
23:48
1: 咲村珠樹
えーと、間違いを指摘しときます。
イナーシャハンドルの挿入口は、上部ではなくエンジンの右下、主翼の付け根にあります。
クランクを挿入し、回転させますが、クラッチコンタクトのタイミングは、計器盤にあるイナーシャ回転計が毎分80回転を示すようになったら、T字形のクラッチ操作索を引き、エンジン回転軸とイナーシャ(慣性始動機)を結合させます。
機首が左に振れるのは、プロペラ後流の影響ですね。
そして規定離陸速度は、型式というよりもその時の機体重量によって決まります。
(対気)速度によって揚力は変わる為、機体重量を上回る揚力を発生させる速度……というのが離陸速度という訳です。
大まかな機体重量は、主脚についたインジケーターで判断します。
脚に青・黄・赤の帯がついていて、重いと脚のオレオが沈み込み、順に隠れていくことで判断する仕組み。
写真では、全て沈み込んだ状態です。
ついでに、以前撮影した栄二一型エンジンが回る様子をどうぞ。
このプレーンズ・オブ・フェイム所蔵の、現在栄エンジンを積む唯一の零戦五二型は、取り扱いを簡便にする為にP&Wツインワスプ(当初栄はこれのコピーと間違われたほど非常に良く似たエンジン)のセルモーターを取り付けており、イナーシャを必要としません。
10月01日
03:31
2: U96
これは失礼しました。
ご指摘ありがとうございます。
脚の帯がなんなのか分かって良かったです。