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U96さんの日記

(Web全体に公開)

2012年
11月18日
08:02

日本海軍の航空服

 日本海軍の航空服は、初期には欧米にならって革製の被服を使っていましたが、やがて日本独特の航空被服を開発しました。その特色は生地にあり、絹と毛の混紡によるしっとりとした柔らかい生地は軽くて暖かく、着心地も良かったです。
 防寒用は裏に熱い毛皮を張ってあり、冬用は毛足の短い毛皮を、夏用は薄い真綿を黒い富士絹で包んでキルティングしてありました。また、最初は電熱線を縫い込んでいた電熱航空服も、後には分離式の使いやすい形となりました。
 ちなみに日本が独自に開発した落下傘用縛帯は、ワンタッチで確実な着脱が可能で、アメリカの戦後の落下傘開発の資料として役立ったといいます。
 着装順序として、まず、襦袢(シャツ)と袴下(ズボン)を着ます。次に電熱服を着ます。最後に裏側全体に毛皮を張った防寒航空衣袴を着、電熱手袋をはめ、毛糸編みの防寒襟巻を首に巻きます。機上ではエリを立てて止めます。ちなみに冬用航空衣袴は上下がつなぎになっており、夏用航空衣袴はセパレートタイプです。
 つまらないことですが、太平洋戦争中の日本は毛皮と肉を取る目的でアンゴラウサギの飼育数が世界一でした。

コメント

2012年
11月18日
11:24

ミリタリーショーにて、旧日本軍は世界でも希な、現地にて煮炊きする豪華な食事を提供する軍隊だったとか。
今回の航空服といい、色々手の込んだことしていたんですね。

2012年
11月18日
18:15

2: U96

>鉄砲蔵さん
日本人は人的資源だけはいくらでも活用できると考えていたようです。そんな能天気な時代もありました。

2012年
11月18日
23:06

昔、まだ京都の嵐山美術館があった頃、ここの零戦六二型(現在は呉の「大和ミュージアム」に展示)の前で、冬用飛行服を着て記念撮影をしたことがあります。
毛皮モコモコで鹿革の手袋、かなり暑くて今頃の季節でも汗をかきました。
それでも高度6000m以上では凍えたんですから……。

……どうもその時の写真は、しばらく嵐山美術館で展示してたらしく、数年後に嵐山美術館を訪れた後輩が、
「先輩の写真が零戦のところに展示されてましたよ」
と教えてくれて驚いたのを覚えています。
……ギャラもらっときゃよかった(^^;

2012年
11月18日
23:12

4: U96

>咲村珠樹さん
・・・男前だったのですね(^▽^)!